コラム

大河ドラマ『べらぼう』で落語をもっと楽しむ!【江戸文化と落語入門】

公開日:2025年05月23日 更新日:2025年05月23日

『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』第一部。おさらいに、予習に落語はいかが

各所で話題の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』は、吉原を舞台とした第一部が平賀源内の死去で終了。5月からは日本橋を中心とした第二部へ入っていますが、第一部のおさらい、追っかけに、「落語」という視点を追加してみませんか?
江戸中期、太平の世が舞台の歴史ドラマ。平安中期を描いた昨年の『光る君へ』から2年連続で「文化系大河」とも呼ばれ“大河ドラマ”としては異色の作品です。主人公・蔦屋重三郎(蔦重)は、浮世絵や読本の世界で才をふるった現代で言うカリスマ編集者であり、町人文化の旗手としてその名を刻んだ男。
しかし今回は蔦重の出版や美術的功績については一旦置いて、このドラマを“古典落語”から眺める試みです。古典落語が生まれた時代、光景、噺に登場する人々は、まさに『べらぼう』に描かれる江戸の生活風景や人間模様そのまま。そして江戸の庶民文化は、現代日本人にも地続きで楽しめるコツがいくつもあるのです。(文末に用語とイベントガイド付き)

■廓噺の名作「明烏(あけがらす)」~『べらぼう』舞台のど真ん中、吉原。
吉原が舞台の名作落語『明烏』は、廓文化と江戸町人の笑いと皮肉を織り交ぜ活写する一編。この噺の元は浄瑠璃「明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)」で、安永元年(1772年)ごろの作。実際に起きた三河島の情死事件を題材にしています。事件の年、蔦重は19歳。事件を起こした女郎・三吉野は蔦重のいた引手茶屋のお抱えだったとのことで、彼はこの悲劇の恋人たちと面識があったかもしれません。
さて、落語「明烏」の話はもっと平和な笑い噺として成立します

~あらすじ・堅物の若旦那を吉原へ
商家の若旦那が、堅物すぎて女遊びにまるで興味を示さない。これを案じた父親である大旦那が、遊び人の若い衆に「吉原で遊びを覚えさせてやってくれ」と頼みます。彼らは若旦那に「初午の稲荷祭りに泊まり込みで参詣に」と嘘をつき吉原へ連れ出し、大門(おおもん)※1を「立派な鳥居」とごまかし、引手茶屋※2を「巫女の家」と言いくるめながら、何とか吉原の門内へ誘い込みます。
その道中で目にする風景や、廓の描写は、まさに『べらぼう』の世界。ドラマに登場する九郎助稲荷や蔦重の働いていた引手茶屋など、なるほどグッと解像度が上がります。

日本橋
歌川広重の代表作・東海道五十三次『日本橋』。ここから10分程で後の蔦重の店「耕書堂」跡地だ

吉原は単なる遊郭ではありません。この「天下御免」幕府公認の色街は、教養と美貌を兼ね備えた花魁たちに艶やかな楼閣を表看板に据えた江戸っ子たちの憧れの街。ここでは、幕臣や大名家の留守居役、また豪商らが接待をすることも珍しくなく、当時最先端の芸能・美術・文学が集まり生まれた場所でもありました。もちろん『べらぼう』では、”苦界としての吉原”の側面も幾重にも描かれます。

~『明烏』あらすじ続き・明けの烏の鳴くころに?
さて、『明烏』の後半では、最初は頑なに女を拒んでいた若旦那が、美しい花魁に気に入られます。そして夜は更け、若旦那を連れてきた2人は女郎に振られ「野郎の根付」で夜を明かします。朝になり若旦那を迎えに行くと、とっぷりと良い仲になっており布団の中から花魁と別れたくないと惚気る始末。明け烏の鳴く若旦那の部屋に残った甘納豆を勝手につまむ振られた2人は「朝の甘味はおつだね」などと負け惜しみ。さてオチは…気になる方はぜひ一席、お聞きになるのをお勧めします。なお「明烏」を得意とした昭和の名人・八代目桂文楽は菓子をつまむ仕草ひとつも絶妙で「明烏」がかかると、寄席の売店の甘納豆が完売になったという逸話も残ります。
古典落語は江戸から200年以上も口承と稽古の末に今に伝えられた“音の資料”であり、当時の名もなき町人たちの文化や風俗を生き生きと映し出す“語りの映像”でもあります。

■歴史に名を残しても、残さなくても。時代を生きた庶民の息遣いが残る話芸
蔦重の生きた時代が舞台の落語には、他にも多くの名作があります。有名どころでは、長屋暮らしの夫婦の情愛を描いた人情噺『芝浜』や、与太郎が活躍する『唐茄子屋』、町内の揉め事がいつの間にか人情話に変わる『らくだ』など。いずれも、江戸や、上方に暮らした庶民の価値観やユーモアが詰まった逸品。

『べらぼう』の舞台は華やかな吉原や芝居町、錦絵や書肆の賑わいばかりではありません。長屋※3や蕎麦屋や行商人、江戸勤番の武士から札差・検校ら、落語に登場する“江戸の裏方たち”の存在がドラマに深みを加えています。その騒めきや息遣いに耳を傾けると、200年前の江戸の匂いをリアルに感じられるはずです。
『べらぼう』をご覧になっている方は、ぜひ「古典落語」を一席。その一席が、ドラマの一場面をより鮮やかにみせます。もちろんその逆もしかりで、落語の世界が気になったら『べらぼう』は良い副読本。蔦重という人物だけでなく江戸に生きた人々や社会が、ぐっと近く立体的に感じられるでしょう。落語と大河、ふたつの「物語」で楽しむ江戸の世界。現代の私たちと地続きの、近世である江戸時代は意外と身近に生きています。
せっかく江戸文化が盛り上がる※4今年、楽しんでみませんか。

※1(吉原)大門:今では花街から帰る男が恋しく振り返った「見返り柳」が残るのみ。当時は立派な屋根付き冠木門があり、大名でも籠を降りねばならなかった。
※2 引手茶屋:客が遊女屋に行く前に立ち寄り、ここで遊女との取次や案内、宴会や遊興の手配をした。蔦重のいた駿河屋などがそうで妓楼とは別。
※3 長屋:時代劇や落語で馴染みのある長屋は、厳密には店子(賃借人)は町人ではなかった。自分の土地に住み町政に参加できる「町人」は江戸住人の3割ほど。
※4 今年4月から東京国立博物館での『蔦重展』や、吉原のある台東区の大河ドラマ館新吉原耕書堂など期間限定のイベントに浅草から吉原は大賑わい。また吉原
大門前120年続く老舗、桜鍋中江では吉原最後の料亭・別館金村にてお座敷遊びや落語会など精力的に当時の文化と味を伝え続けている2025年6月には大吉原落語まつりが開催
寄席・落語会:せっかくなので聞いてみよう、となりましたら関東圏の情報は落語系情報サイト「噺」、上方関西は定席の天満天神繁盛亭あたりからいかがでしょうか。

 

提供:ⒸイツトナLIVES/シャープファイナンス

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