コラム

最近読んだおすすめの小説をご紹介します!

公開日:2024年01月12日 更新日:2024年01月12日

小説「キッチン」は、1988年1月30日に福武書店から刊行され、年間ベストセラーの総合17位と、1989年年間ベストセラーの総合2位を記録した小説。世界25カ国で翻訳され、今も読みつがれているベストセラーで、泉鏡花賞を受賞した本作は、作者の吉本ばななが大学を卒業した年に書いたもの。

出典:【外部リンク】 吉本ばなな『キッチン』(新潮社刊)

今回この本を選んだきっかけは、書店で平積みに置いてあったのが偶然目に留まったから。昔、友人から聞いたり、書店で目にしたりしたのか・・・なんとなくタイトルは知っていたが、私が生まれる前の作品でもあり、一度も読んだことがなかった。今回は書店で、すっと目に飛び込んできたのである。

あらすじ

主人公の桜井 みかげは、両親、祖父を早くに失い、祖母と暮らしてきたが祖母さえも亡くしてしまい、天涯孤独の身となる。ある時、同じ大学の学生で、祖母の行きつけの花屋でアルバイトしていた田辺 雄一に声をかけられ、雄一宅に居候することとなる。雄一はゲイバーを経営するえり子(実は父・雄司)とマンションで2人暮らし。みかげは田辺家の台所に続く居間のソファで眠るようになり、風変わりなえり子・雄一親子とも少しずつ打ち解けていく。かつてのボーイフレンドとの再会などを経て、日を追うごとに祖母の死を受け入れ、みかげの心は再生していく。『キッチン』は、みかげが孤独から抜け出し、自分自身を再発見する物語である。

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。

タイトルの謎を一瞬で説く一文で始まる物語。「いつか死ぬ時が来たら、台所で息絶えたい」という発言からも、台所がいかにみかげにとって特別な場所であるかが分かる。

  • 一緒に暮らしてきた祖母が亡くなり、身寄りがなくなった不安からどこにいても寝苦しく、冷蔵庫のわきが一番眠りやすいことに気づいたこと。
  • 雄一の家に着いたみかげが使い込まれた台所用品、品のいい食器、整理された冷蔵庫を見て、「この台所を愛せる」と思ったこと。

多くの人が『食』をイメージする台所と、みかげがイメージする『死』の対比。
食物連鎖というサイクルでは命を繋ぐために命をいただく行為(食)があり、単に孤独や絶望を描くのではなく、人物がそれを乗り越えようとするエネルギーを描いていると言われる吉本ばななさんの神髄がまさにここにあるように感じられた。

気になったワード

えり子が言った言葉
―人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことがなにかわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの

この本では台所以外にも花、ソファ、ワープロ、公園、ジューサー、グラスなど「物」(物に対する思い)の描写が多い印象をうけたが、たくさんある物の中からみかげの大好きなものは台所であり、それが絶望を乗り越えたみかげの本当に捨てられないものなのだと思った。

私が意外に感じたのはこの本で「キッチン」という単語は1回しか出てこないこと。
「キッチン」とは単に料理をするところではなく、数や形を変えながら現れる過去の思い出や新たな出会いが含まれる特別な言葉なのだろう。誰しもがこの先大きな別れに絶望を感じる経験もあるだろうが、過去の思い出や大切な自分のなにかを捨てずに前を向いて生きていこうと思いたい。

ということで、今回は1988年のベストセラー小説『キッチン』を読んでみた感想でした。身近な人の死からの再生をテーマにした短編小説で、若者の感受性や生き方を瑞々しく描いています。この本は、人生の転機や苦悩に直面している人、日常の中に小さな幸せを見つけたい人、料理や台所が好きな人など、幅広い読者におすすめできる本です。同年には、『キッチン』の続編となる『満月』も発表されていますので、興味がある方はぜひこちらもお読みください。

吉本ばなな

1964(昭和39)年、東京生れ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。1987年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1988年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、1989(平成元)年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、『TUGUMI』で山本周五郎賞、1995年『アムリタ』で紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、イタリアでスカンノ賞、フェンディッシメ文学賞〈Under35〉、マスケラダルジェント賞、カプリ賞を受賞。近著に『吹上奇譚 第三話 ざしきわらし』がある。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

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